- 08.11.09 Sun
- ブログ踊り放題!
夢に中のようなクラス会。
たとえば、夢の中で飲み屋に言った事があります
か?
映画の「シャイニング」のなかでジャックニコルソ
ンが夢?のなかで行くクラグバーのような。
「死ぬと、極楽浄土に行く前に、普通に生活するら
しいんだけれど、夢で行く街とかはその死んだとき
に行く場所らしい。」
と、聞いた事がありますが、その真偽は死んでから
のお楽しみで。
ともあれ、僕は夢の中だけで行く飲み屋が何件もあ
ります。
昨日は久しぶりのクラス会でした。
すでに陽の落ちた夕方の新小岩の駅前は、雑居ビル
のネオンサインがとても眩しいのと、この街の景色
にたいするあまりに複雑な思いとが交錯して、思わ
ず駅前で1、2分立ち往生してしまったほど、まぶ
しくてクラクラしてしまいました。
ここに通ったのが今から30年以上前のこと。
10代後半という、一番多感な時期に過ごしたこの
街は、現実の時間とともに、過去の時間、要約する
と「夢の中」の時間そのものの中にいるようでした。
8年ぶりのクラス会は、担任の北爪先生が今年の春
に無事に定年退職を迎えたために、先生を囲んで、
そのお祝いの会でした。
さて、結論を先に言いますと、北爪先生は、すばら
しく先生としての才能にあふれた先生でした。
この事は、もちろん僕の個人的な意見ですが、どこ
がどうすばらしいかと言いますと、いつも、ずっと
「う~ん、、、そういう事を言う人もいるんだけれ
ど、どうなのかなあ~、なんて思ってね。」
「昨日は、何だか朝起きて、どうしても、学校に来
る気がしなくて、休んじゃえって思って休んじゃっ
た。」
なんて言う感じでして、それまでの中学の先生と違
って、何かいつもビシットした感じではなく、考え
に幅があり、「どうなのかね~」と、答えをこちら
投げかける先生だったのです。
昨日も
「君たちに教えていたときを振り返ってみると、あ
のときは先生としてどうだったのかなあと思います
ね。」
と笑いを誘っていましたが、まさにその「揺れる」
ことが「揺れている」ことが後に僕にどれだけ大き
な影響を与えたか。
まさに先生は文学で言うと、村上春樹や、今で言う
伊坂幸太郎の主人公の「僕」なのです。
先生と出会っていなかったら、僕はそれらの作家と
も出会っていなかったろうし、小説も読んでいなか
ったかも知れません。
そのくらい「先生が悩む」ということがショッキン
グな出来事だったのです。
その、先生の「揺れ」のおかげで出来た、世の中の
幅なり可能性なりに向かって、僕は勇気を振り絞っ
て飛び込んで挑戦する事が出来たのです。
そんな才能を持った先生はなかなかいません。
良かった!金八先生みたいな先生が担任じゃなくっ
て!
北爪先生、長い間ご苦労様でした。
でも、もしかして、先生は自信でその「揺れている」
素晴らしさに御気付きではないのかも。
先生がいて、今の僕がいます。
と、以上、昨日直接先生にお礼が言えなくて、ここ
に記させいて頂きました。